友人の死について思うこと
なんと!書きそびれること2ヶ月!機を逸するとはこのことや(^o^)
といいつつ暗い話。先日十数年来の友人(46歳)が自殺しました。しかもこいつとは死ぬ5日前に昼食をともにした仲。
彼と言って男ですが、かく言う私男女あったもんじゃなく、まさに彼は十数年前宝石商として会ってから実に公私に渡り親しくしていましたが・・実は彼は昨秋たった4ヶ月前最愛の妻(35歳)を病気で亡くし、つまりは妻の元に旅立ったわけです。
私仕事柄、奥さんの葬式に司会として立会い、計らずとも4ヵ月後に当人の葬式に立ち会ったわけです。小説にでもなりそうなシチュエーションですが、思うとそういう「めぐり合わせ」だったのでしょうね。
5日前はまさに「いとまごい」ってやつだったんでしょうが、彼にしてそう思わしめた私への依存度には応えられたか??だとしてもそうやってきてくれたことになんか感謝、と同時にそれでこそ彼ら夫婦を送り出してやった因縁というか・・そんなめぐり合わせにこれからはわたしが応えてやらねば・・と思います。
式の当日、生身の葬式なので顔みれたが、あえて見なくてよかった・・・みたらきっとあれだけ冷静になれなかったと思うくらい・・そんな自分に「あんたって冷てぇヤツ!」と思いつつ(^^ゞけど、心して送り出してやれてよかったとも思います。どうなんだろ?私としては奥さんとこ、いけてよかった!と思う安堵感が先かな?けど、ホントはそうなんだよな。
今になって思うほど涙が出るけど、これから先、彼らの命日を知ってる、唯一の他人(仕事柄とはいえ親族外ということね)として手を合わせていくのが私の生涯の勤めかな?とも思います。
人間の死と言うものに関しては、とかく恐怖心とか嫌悪感とか・・そういったものがつきものだし、事実自分自身そうだったけど、そういった概念を説き払う(打ち払うでなく)因縁が、ここで住む(寺の嫁)因果応報ってやつかなぁ・・とも思います(^o^)
最近墓参りと墓そうじしてます・・・先祖のなんたるやってのは、本来必須とはいえこのご時勢なかなか習得や伝承は難しいと思います。私もなに案外でいたけど最近思い立って、ウチにある二十数基の墓を一つ一つ磨きました。そうすると浮かび上がるいろんな掲載に突かれる思いが幾たび。あれ以来暗闇の墓も怖くないし、墓でご先祖さんとも話しながら掃除してます。
通ずる心とはそれだと思う。ブログに期待する課題で「家訓」という要望がありましたが、まさに私はそういった「先祖崇拝」ってのかな?先祖をだいじにする気持ちを家族が持つってことだと思います。
今日の話はカタくなったけど、総じていえるのは思いやりの心?・・否それが通じる相手と通じない相手がいて、それこそ嫁姑問題もそうだと思うけど、相手の思いとこっちの思いは???だよね」(^^ゞだけど通じないものにはそれなりの対処として、万人にとって、況や先祖もだけど・・思いやりを持って接すれば思いは通じるし、なんていうの?結果は結果であってもヒトの「思い」と言うのは他人が論せられるものでもないし、分かるものではない!
・・てなことを総じて考えている夜半です。
しらつきくん・・(友人の名前)奥さんと仲良くね。
あなた方夫婦のことは忘れないよ。
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